ホーム>ゆとりの学び ゆとりの文化 第1回

ゆとりの学び ゆとりの文化 -21世紀の学習文化- 新井郁男

平成10年から12年まで新潟日報に「ゆとりの文化」というテーマで連載した小文と、平成5年から平成12年まで野外文化研究所の機関紙に「『持つ』文化と『ある』文化」というテーマで連載した小文を、平成13年にエッセー集としてまとめて、『ゆとりの学び、ゆとりの文化―21世紀の学習社会―』というタイトルで教育出版から発行しました。今回のこのシリーズは、そのなかから現下の教育改革、教育課程改革と関連のあるものをピックアップしていきたいと思います。出版後、新たな改革が進められつつありますが、筆者の考え方は特に変わっていませんので、特に変更などをしないで掲載いたします。現下の改革などに照らしながらお読みください。ご興味のあるかたは著書もお読みいただければ幸いです。

【著者紹介】
新井郁男(あらい いくお)

1935年長野県生まれ。1959年東京大学教育学部卒。文部省(現文科省)、国立教育 研究所、東京工業大学、上越教育大学、愛知学院大学、放送大学などで教授などを歴任。 現在は、上越教育大学名誉教授、星槎大学特任教授。

 
 

第1回

共に学ぶ

子どもに本当の姿をみせる

名著『風土』で知られる倫理学者で夏目漱石の弟子でもあった和辻哲郎は『自叙伝の試み』のなかで小学校時代の先生の思い出として、こんなことを書いている。

1年生になってまもなくのころ、授業中に愛読書の『近江聖人』(中江藤樹のこと)を読みふけっていたところ、うしろから先生の手が出て、とりあげられてしまった。哲郎が通っていた学校は小規模で、複式授業が行われていた。先生が2年生を教えている間に、退屈して本を机から取り出して、ふとある箇所を読み始めたところ、つい教室にいることを忘れて没頭しているところをみつかってしまったというわけである。

哲郎はひどく叱られるだろうと思った。家に何か注意がくるのではないかと気味の悪い思いがした。それにいつもかばんに入れて歩いていた宝物がなくなって、何ともいえず寂しくなり、気がふさいでしまった。家に帰ってからも、何か怖いような、悲しい気持ちが 続いた。食べる物もろくに喉を通らなかった。


不安から感動へ

翌日学校に行ったときには、今日こそ叱られるだろうと覚悟して、陰鬱な気持ちであった。ところが、やがて授業が始まるころに、そんな不安な気持ちは、先生の一言で、さっと晴れてしまった。先生は、本を手にして近づいて来て、

「ゆうべ先生もこの本を読んでみたがな、すっかり泣かされてしもうた」

といいながら、静かに本を手渡してくれたのである。

先生の顔はいかにも穏やかで少しほほ笑んでいるようにみえた。その瞬間には非常に幸福を感じた。そうして自分の宝物が本当に宝物としての効能を発揮してくれたような気持ちだった。

そう和辻は語っている。

谷川徹三が、天才とするよりほかに理解しようのないものがあったと評する和辻の才能の原点はこの辺にあるのかもしれない。

はたしていまの子どもに、学校に行っても授業そっちのけで夢中で自分の好きな本を読みふける子がいるだろうか。また、それを優しく見守る教師がいるだろうか。

教育の目的は自分の精神力を集中できるものをみつけることであるとすれば、中教審答申のいうように、「自分さがしの旅」をたすけることが教育の目的でなければならないとするなら、和辻の先生のとった行為は、まさにそうした目的に合致したものだったといえるであろう。


生徒と教師の共学

感服したのは、先生は本をとりあげることによって、授業を脱線することはよくないことだというメッセージを無言で与えながら、つまり、最低のルールはルールとして守らせようとしながら、自分も子どもの読んでいた本を読んで感激し、その気持ちを子どもに伝えたという点である。

ここには教師も子どもと共に学ぶ姿勢がある。

「ゆとり」はいまの教育改革のキーワードの一つであるが、子どもの人間形成において重要なことは、おとなも子どもと共に学ぶゆとりではないだろうか。

教師は子どもの気持ちになって考えなければならないとはよくいわれることであるが、口先だけで「君の気持はよくわかる」といっただけでは、相手は「わかるものか」と心のなかで反発するだけである。教師にとって大切なことは、自分も子どもと同じことをしてみて、子どもが夢中になっていることがどういうことかをわかろうとしたり、自分もやってみせて、子どもを感心させたり、自分もやってみて、先生でもうまくできないということを子どもにみせたりすることが、教師の真の教育力であろう。

家庭においても、親は子どもに向かって、「宿題はやったの?」「テストの点数はどうだった?」などと、矢継ぎ早に尋ねるのではなく、子どもに共感を示す心のゆとりを持たなくてはなるまい。