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ゆとりの学び ゆとりの文化 -21世紀の学習文化- 新井郁男

平成10年から12年まで新潟日報に「ゆとりの文化」というテーマで連載した小文と、平成5年から平成12年まで野外文化研究所の機関紙に「『持つ』文化と『ある』文化」というテーマで連載した小文を、平成13年にエッセー集としてまとめて、『ゆとりの学び、ゆとりの文化―21世紀の学習社会―』というタイトルで教育出版から発行しました。今回のこのシリーズは、そのなかから現下の教育改革、教育課程改革と関連のあるものをピックアップしていきたいと思います。出版後、新たな改革が進められつつありますが、筆者の考え方は特に変わっていませんので、特に変更などをしないで掲載いたします。現下の改革などに照らしながらお読みください。ご興味のあるかたは著書もお読みいただければ幸いです。

【著者紹介】
新井郁男(あらい いくお)

1935年長野県生まれ。1959年東京大学教育学部卒。文部省(現文科省)、国立教育 研究所、東京工業大学、上越教育大学、愛知学院大学、放送大学などで教授などを歴任。 現在は、上越教育大学名誉教授、星槎大学特任教授。

 
 

第6回

120点

個性を育てる加点主義

野鳥研究家として自然保護に尽力された中西悟堂さんの『愛鳥自伝』(平凡社ライブラリー)を読んだ。亡くなられて15 年余が過ぎたが、あらためて悟堂さんの自然に対するやさしさと全人類の幸福を考えるその心に感動した。

その原点はたくさんあるが、学校時代の先生との出会いに興味をそそられた。


忘れ得ぬ師

氏は青年時代に東京の三鷹にある深大寺で得度して僧侶になられたのであるが、興味をそそられたエピソードは天台宗の学校での教師との出会いである。その先生は後に上野の科学博物館の館長になられた中井猛之進氏であるが、その時はまだ大学を出たてで、植物を教えにきていたということである。

エピソードというのは、植物の試験で 100 点満点のところを 120 点をもらったという話である。試験の問題というのは、顕花植物と被子植物、合弁花と離弁花の例をあげろというものであった。それは悟堂さんによれば、「葉柄(ようへい)とか葉鞘(ようしょう)とか萼(がく)とか葉脈とか羽状複葉とかの形態上の名称の簡単なものであった」が、「一々文章を書くのは面倒だったので、全部絵にして、それぞれの名を書き入れた答案を出した」ところ、中井先生がひどく喜んで 100 点満点をとびこす 120 点をくれたというのである。

悟堂さんは、文章で書くのが面倒だから絵を描いたというのであるが、それは日ごろから植物や鳥などを細かく観察していたからできたことであって、普通の子どもにとっては、絵を描くことはむずかしい課題であろう。言語による記憶に頼ってテストではよい点数をとる昨今の優秀な子どもの場合には、ことばで例をあげることは容易であっても、それが具体的にどんな形をしているかは示せないことが多いのではないだろうか。

自然とのふれあいが希薄になり、自然における実物と名称とを対応させることのできない浅薄な知識しか身につけていない最近の優秀児に悟堂さんの学力を煎じて飲ませたいくらいである。

それはともかく、中井先生が絵で描かれた答案に 120 点を与えたことに注目したい。現代の学校では、 100 点満点であれば、答えかた、考えかたがいかに素晴らしくても、それに 100 点を超える点数が与えられることはないであろう。重要視されるのは、正解であるかどうかであって、正解にいたる思考の過程や示しかたは評価の外である。たとえ誤答であっても、きらめく思考がそのなかにある場合もあるであろうが、テストではそれに点数が与えられることはない。


現代学校は減点主義

要するに、現代の学校での評価は、決められた最高点からの減点主義であり、優れたところに点を与える加点主義はとられていない。入学者選抜においても、一般的には、優れた部分を特に高く評価するというよりも、平均点などによるボーダーラインを下回る科目があると門前払いをするというのが、表向きはともかく、多くの場合の実態ではないだろうか。

もちろん、一部では得意な面を高く評価することが行われているが、アカデミックな面の試験で創造的な解答に注目するという例は寡聞にして知らない。

トマス・G・ウェストは、天才は、脳が左右対称で視覚思考にたよっているために、話す能力や読み書き、計算、記憶などの点で他の生徒よりも劣っていることが多いと述べている。創造的な人間には「失読症」が多く、その特有の心は「普通の脳にはまれな洞察力、直感力、その他非凡な才能を備えていることがある」と指摘していることはすでに述べた。

現代の学校教育では、言語的思考を強化することに力が注がれており、脳の右半球を使う非言語的側面は軽視されてきたが、中井先生はその重要性に光をあてたかったのではないだろうか。

このことは何も天才だけの問題ではない。すべての子どもが持っている可能性を最大限に引き出し、個性を育てるために、いま教育に求められることは、評価の上限を 100 点にとどめるのではなく、解答の内容によって加点をしていく「ゆとりのある評価」である。