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ゆとりの学び ゆとりの文化 -21世紀の学習文化- 新井郁男

平成10年から12年まで新潟日報に「ゆとりの文化」というテーマで連載した小文と、平成5年から平成12年まで野外文化研究所の機関紙に「『持つ』文化と『ある』文化」というテーマで連載した小文を、平成13年にエッセー集としてまとめて、『ゆとりの学び、ゆとりの文化―21世紀の学習社会―』というタイトルで教育出版から発行しました。今回のこのシリーズは、そのなかから現下の教育改革、教育課程改革と関連のあるものをピックアップしていきたいと思います。出版後、新たな改革が進められつつありますが、筆者の考え方は特に変わっていませんので、特に変更などをしないで掲載いたします。現下の改革などに照らしながらお読みください。ご興味のあるかたは著書もお読みいただければ幸いです。

【著者紹介】
新井郁男(あらい いくお)

1935年長野県生まれ。1959年東京大学教育学部卒。文部省(現文科省)、国立教育 研究所、東京工業大学、上越教育大学、愛知学院大学、放送大学などで教授などを歴任。 現在は、上越教育大学名誉教授、星槎大学特任教授。

 
 

第19回

子どもへの信頼

教師にも「ゆとり」を

映画評論家として親しまれた淀川長治さんの自伝を読んでいたら、中学校時代の興味ある思い出に遭遇した

子どものころから、家族ぐるみで映画(当時は活動写真)に浸りきっていた淀川さんは、勉強はしなかったと語っているが、外国の映画雑誌を読めるようになるため、英語の勉強には力を入れていた。それでかどうかわからないが、中学生のとき級長になったところ、他の科目の成績がかんばしくないため、教師に職員室に呼ばれ、級長を降りるように迫られたというのである。

 

教師を感化した生徒

ところが淀川さんは、そんな教師の説得のことばには耳を貸そうともせずに、自分のみた映画がいかに面白かったかを訴え続けた。そのうち、教師のほうも次第に淀川さんの話に引き入れられていった。それだけではなく、近くにいたほかの2人の教師も一緒になって聞き入った。

それだけではない。そんなに面白いなら、みてみようということになり、翌日教師3人うちそろって映画館に出かけていき、あらためてその映画の面白さを認識したそうなのである。

これは淀川さんが映画評論家になってからのエピソードであるが、初対面のチャップリンにインタビューを申し込み、5分だけという約束でオーケーしてもらったところ、チャップリンのほうが、淀川さんの話に乗ってしまい、結果的には30分以上になってしまったというのである。これは淀川さんの人柄、話術、映画についての造詣の深さなどがしからしめたことに違いないが、こうした素質は中学生時代、いや小学生時代ぐらいから身についていたのであろう。

 

生徒に企画を委ねた教師

ところで、話はここで終わりではない。このようなことがあってからは、教師陣は淀川さんに映画の選定をまかせ、それによって全校で映画観賞に行くようになったというのである

教師たちは、淀川さんの学識、ではなく活動写真識とそれへの情熱のようなものを、自らの目で確かめ、その上で彼を信頼して、全校で観賞する映画の選定を委ねたのである。

活動写真識とそれへの情熱自体は、学校ではなく家庭環境によってはぐくまれたものであるにしても、教師から信頼されたという体験は、淀川さんの自信をいっそう強め、映画評論家としての彼の人生行路に目にはみえない多大な影響を及ぼしたのではないかと思われる

われわれが行った定年退職者を対象とした「生きがいと学校時代の体験」に関する調査においても、教師や級友から信頼されていると感じることが多かったと回答した者の場合には、第二の人生において、積極的な生きかたをし、生活のなかでの生きがい充実感の高い人が多かったが、淀川さんの体験はわれわれの調査結果を事例的にサポートするものである。

 

こどもに寄り添える教師の「ゆとり」を

さて、学校では、新しい学習指導要領体制のもとで、教科という枠をとりはずした「総合的な学習の時間」が導入されることになったが、何よりも期待したいことは、教師たちが子どもを信頼し、子どもたちの主体性を最大限に許容することである。

中教審は、「生きる力」をはぐくむことがこれからの学校に期待される最大の課題であり、そのためには、子どもの生活に「ゆとり」が必要だと提言したが、教師の生活にも先に述べたような意味での「ゆとり」がなくては、子どもの「生きる力」を育てることなど百年河清を俟(ま)つようなものである。

子どもの「ゆとり」だけでなく、教師にも「ゆとり」をと、声を大にして叫びたい。

しかし、ただ時間に余裕ができても、自分たちが教えることだけが教育だという教育観が転換されなくては、「生きる力」の育成は画餅に終わるであろう。子どもを信頼する心の「ゆとり」もあわせて強調しておきたい。