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ゆとりの学び ゆとりの文化 -21世紀の学習文化- 新井郁男

平成10年から12年まで新潟日報に「ゆとりの文化」というテーマで連載した小文と、平成5年から平成12年まで野外文化研究所の機関紙に「『持つ』文化と『ある』文化」というテーマで連載した小文を、平成13年にエッセー集としてまとめて、『ゆとりの学び、ゆとりの文化―21世紀の学習社会―』というタイトルで教育出版から発行しました。今回のこのシリーズは、そのなかから現下の教育改革、教育課程改革と関連のあるものをピックアップしていきたいと思います。出版後、新たな改革が進められつつありますが、筆者の考え方は特に変わっていませんので、特に変更などをしないで掲載いたします。現下の改革などに照らしながらお読みください。ご興味のあるかたは著書もお読みいただければ幸いです。

【著者紹介】
新井郁男(あらい いくお)

1935年長野県生まれ。1959年東京大学教育学部卒。文部省(現文科省)、国立教育 研究所、東京工業大学、上越教育大学、愛知学院大学、放送大学などで教授などを歴任。 現在は、上越教育大学名誉教授、星槎大学特任教授。

 
 

第22回

沈 黙

耳傾けアイデア実現

わが国におけるロケット研究者として著名だった糸川英夫氏が、アメリカのマネジャーのスマートさについて、大変興味深い話を書いておられるのを読んだことがある。ずいぶん昔の話にはなるが、いまでも印象深く思い出されるエピソードである。

糸川氏が、アメリカのNASA(米航空宇宙局)のアポロ計画(1960~70年代の有人月探査計画)本部を訪ねたときに見聞されたことである。

氏は日本ではキャッチできない人工衛星の軌道を、アメリカに追跡してもらうことを頼みに出かけていったのであるが、先方は早速それについての会議を開いてくれた。糸川氏は、そのときに出てきたNASAの担当部長のリーダーシップに感激したというのである。v

会議は3時間に及んだとのことであるが、部長は最初から178分間は沈黙しており、最後の2分ぐらいという段階になって、発言した人の意見をすべて、これとこれは非常によいとか、だれだれの発言には全く同感であるというようにコメントをつけ、それらをつなぎあわせて、実に見事なリポートをまとめ上げてしまったというのである。

 

スタッフに傾聴するリーダー

部長はまだ28歳の若さであったというが、部長に抜てきされるほどの人物だから、頭はものすごく切れる人だったに違いない。その人が3時間もの長い時間沈黙を保ったというのである。

糸川氏も語っておられたことであるが、この部長は決して自分にアイデアがなかったために黙っていたのではないであろう。むしろ豊富なアイデアをすでに頭のなかに持っていたことであろう。しかし、それをはじめからスタッフに話してしまったのでは、彼よりも年上のスタッフのほうが逆に沈黙してしまい、結局、仕事へのモラール(士気)が低下し、よい結果は生まれなかったことであろう。ところが彼はだれの発言をもけなすことなく、この点はよいところだから採用したい、というように話した。おかげで日本がやっと打ち上げた5個の人工衛星について、アメリカ側は素晴らしい追跡をやってくれたということであるが、注目したいのは、アイデアをスタッフから出たものとしてまとめたことである。

われわれ日本人は、とかく、自分の考えかたをまず明らかにして、それを実践することをスタッフに要請するのがアメリカのリーダーの特徴だとイメージしがちであるが、必ずしもそうではないように思われる。

いつだったか忘れたが、テレビで数か国のビジネスマンが日本のビジネスマンについて話しあっている場面をみたことがあるが、そのときアメリカのビジネスマンが、日本では沈黙しているのがトップの人間だから、何か決定を迫る場合には、よくしゃべっている人間ではなく、沈黙している人と話をしなくてはならないというコメントをしていた。アメリカではまずトップが積極的に話をするのに、日本のリーダーは寡黙であるというのは、アメリカ人が日本のビジネスマンについてだけでなく、日本社会について抱いている一般的なイメージのようである。

しかし、糸川氏の観察からもわかるように、アメリカでも真に優れたリーダーは、沈黙を保つことによって、スタッフからよいアイデアを引き出し、そのことによってスタッフのモラールを高めるのである。これは文化を超えたリーダーの重要な資質といえるように思われる。

 

学校に期待されるリーダーシップ

さて、以上の話は学校についても当てはまることではないだろうか。

いま、わが国の学校では、それぞれ主体性を発揮して特色ある教育実践をつくっていくことが期待されており、そのためにスクール・リーダーとしての校長のスタッフに対する指導力が問われている。どういう学校をつくるのかについて確固としたアイデアを持ったリーダーが求められている。しかし、アイデアを持っているだけでは特色ある新しい学校の創造はできないであろう。

期待したいのは、アイデアを持っていながらも、沈黙を保ち、スタッフの声に耳を傾けながら、アイデアを実現できる「ゆとり」ある校長のいっそうの輩出である。