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ゆとりの学び ゆとりの文化 -21世紀の学習文化- 新井郁男

平成10年から12年まで新潟日報に「ゆとりの文化」というテーマで連載した小文と、平成5年から平成12年まで野外文化研究所の機関紙に「『持つ』文化と『ある』文化」というテーマで連載した小文を、平成13年にエッセー集としてまとめて、『ゆとりの学び、ゆとりの文化―21世紀の学習社会―』というタイトルで教育出版から発行しました。今回のこのシリーズは、そのなかから現下の教育改革、教育課程改革と関連のあるものをピックアップしていきたいと思います。出版後、新たな改革が進められつつありますが、筆者の考え方は特に変わっていませんので、特に変更などをしないで掲載いたします。現下の改革などに照らしながらお読みください。ご興味のあるかたは著書もお読みいただければ幸いです。

【著者紹介】
新井郁男(あらい いくお)

1935年長野県生まれ。1959年東京大学教育学部卒。文部省(現文科省)、国立教育 研究所、東京工業大学、上越教育大学、愛知学院大学、放送大学などで教授などを歴任。 現在は、上越教育大学名誉教授、星槎大学特任教授。

 
 

第31回

思いやり

次につながる成長の過程

小学校2年生の国語教科書に「かさこじぞう」という物語がのっている。貧乏な「じいさま」と「ばあさま」の物語である。正月が近いというのに餅も用意できない。二人で笠を作り、「じいさま」はそれを町に売りにいくが、だれも買ってくれない。落胆して「じいさま」は家路につくが、途中、六人の地蔵様が雪に埋もれているのをみつける。「じいさま」は「おお、お気のどくにな。さぞつめたかろう」といって、持っていた五つの笠を五人の地蔵様にかぶせてやり、残りの一人の地蔵様には自分の手ぬぐいをかぶせて家に帰る。そのことを聞いた「ばあさま」は、「おお、おお、それはええことをしなすった」といって「じいさま」をねぎらう。

その夜、床に入ると、外から歌が聞こえてきた。不思議に思った「じいさま」と「ばあさま」が外に出てみると、餅の俵や味噌樽、お飾りなどがおかれてあり、お地蔵様が帰っていくところであった。

この物語は公開授業でよくとりあげられる教材で、これを使った授業を何回もみたことがある。教師は子どもたちの感想を求め、子どもたちから出される反応を板書していく。「自分が貧乏で困っているのに、せっかく売るために作った笠をあげてしまうのはなかなかできないと思います」、「人に親切にしてあげると、いいことがある」、「怒らなかったおばあさんも偉い」など、さまざまな感想がつぎつぎと出てくる。

教師がそれにどのように対応し、それをどのようにまとめていくのかが、授業のみせどころであるが、みるたびに釈然としない気持ちが残る。学習指導要領には、2年生の国語の指導目標として「人物の気持ちや場面の様子を想像しながら読むこと」ということが書かれている。「かさこじぞう」では、一生懸命に笠を売ろうとしたが売れなかった「じいさま」の悲しい気持ち、にもかかわらず寒そうな地蔵様を思いやって笠と手ぬぐいをかけてあげる場面、それを聞いても、腹をたてずに「じいさま」を温かく迎えた「ばあさま」の気持ち、そのような親切を受けた地蔵たちの気持ちなどを頭に描きながら読めるように指導することが目標ということになるのであろう。教師も、この目標にしたがって、子どもの反応にうなずきながら板書していく。

しかし、これまでのところ、思いやりの行為の結果として地蔵から餅や味噌などのお礼、つまり物質的見返りを受けたことをどう考えるかについての話しあいの場面には遭遇したことがない。どうもそこは教師もさけてしまっているように思われる。これが釈然としない理由である。

人に親切にすると「いいこと」が期待できるという点は、どのように考えたらよいのだろうか。笠という売り物をただで与えた行為の結果として手に入ったというところで物語は終わっているが、これは「親切をすればいいことがありますよ」というように、思いやりの行為に功利的効果があるということを教えているのではあるまい。

おそらくお地蔵様が置いていってくれた物も、清い心の「おじいさん」と「おばあさん」は、笠と同じように、困っている人がいたら、分けてあげるに違いない。すなわち、笠をあげる行為とその結果として物が得られるということは、一回だけの相互作用なのではなく、次の行為につながる過程にすぎないのである。それは二人にとっての人間としての成長の過程でもある。

そこまでは物語には出てこない。しかし、物語のメッセージはそこにあるのではないかと思う。そこまで気がつかせる授業の展開を期待しているのであるが、残念ながらまだその場面に出会ったことがないのである。

「親切をすればきっといいことがありますよ」と教えるのではなく、物語の先を考えさせることが重要である。昨今の子どもは、「情けは人のためならず」を、「情けは相手のためにならない」と解釈するそうであるが、「相手への思いやりは、相手のためではなく、自分のためだ」ということの意味を理解させることこそ重要である。そうでなければ、思いやりの結果として得られた物を、さらに貧しい人と分かちあうという清貧の心は育たないであろう。物が悪いのではない。それを「持つ」ことへの執着の心が問題なのである。