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ゆとりの学び ゆとりの文化 -21世紀の学習文化- 新井郁男

平成10年から12年まで新潟日報に「ゆとりの文化」というテーマで連載した小文と、平成5年から平成12年まで野外文化研究所の機関紙に「『持つ』文化と『ある』文化」というテーマで連載した小文を、平成13年にエッセー集としてまとめて、『ゆとりの学び、ゆとりの文化―21世紀の学習社会―』というタイトルで教育出版から発行しました。今回のこのシリーズは、そのなかから現下の教育改革、教育課程改革と関連のあるものをピックアップしていきたいと思います。出版後、新たな改革が進められつつありますが、筆者の考え方は特に変わっていませんので、特に変更などをしないで掲載いたします。現下の改革などに照らしながらお読みください。ご興味のあるかたは著書もお読みいただければ幸いです。

【著者紹介】
新井郁男(あらい いくお)

1935年長野県生まれ。1959年東京大学教育学部卒。文部省(現文科省)、国立教育 研究所、東京工業大学、上越教育大学、愛知学院大学、放送大学などで教授などを歴任。 現在は、上越教育大学名誉教授、星槎大学特任教授。

 
 

第40回

寺子屋の時間割

生活に密着した教育重視

世界からも注目されるようになったわが国の今日の学校教育の基礎は江戸時代に築かれたとよくいわれるが、そのなかで特に庶民一般の子女を対象とした教育機関として発達した寺子屋は、学校教育の大転換を迫られているいま、振り返ってみる価値があるように思われる。

寺子屋は、支配階級の子弟を対象にした藩校が精神的な教育に重点をおいた、いわば公立学校であったのに対して、読み、書き、そろばん、という初歩的実用的な教育をするために教養のある下級武士、僧侶などが開設した私立学校であり、カリキュラムについても特に公的な規定があったわけではない(寺子屋に保護、統制を加えた藩もなかったわけではないが)。特に、注目したいのは時間割が弾力的に運用されていたという点である。

 

弾力的だった生活時程

寺子屋のおよその日課は、江戸の場合、次のようであったという。

「授業時間ハ毎日六・七時間ニシテ七ツ習イト称スルモノノ如キ(師家ニヨルニテ一般ニハアラズ)ハ殆ド八時間ニナンナントセリ。……起業時限ハ毎朝出席スル者ハ、タダチニ習字シハジムルヲモツテ、何時ヨリ等ノ定メナシ、然レドモ五ツ時(今ノ七時半頃ナラン)ニハジメ、八ツ時(二時半頃ナラン)ニ終ルヲ通常トス。スナハチ今ノ六時間ニ相当ストイエドモ、ソノ実五ツ時前ヨリ出席スル生徒、少ナキニアラザレバ、ソノ実、七時間以上ニワタリシナリ。……起業時間ハ定メナキモ終業時限ハ定メアルナリ。スナワチ、通常八ツ時ナルヲモツテ生徒ハ時ニカカワラズ、退散時ヲ目シテ『御八ツ』ト称スルモノ、間々コレアリ」(杉浦重剛他編『維新前東京市私立小学校教育法及維持法取調書』より。以下同じ)

また、旧暦の6月1日から7月末までの大暑の時期には半日課業であり、特に土用中は、子どもたちは明け方に登校して「双紙三四ヲ手習ヒシ、習ヒ終レバ帰宅朝飯ヲ喫シ、マタ出席シテ手習」をしたのである。休業日は年末・年始の長期休暇、五節句、毎月の定休日(たいていは10日に1日、したがって、1か月に3日)、その他の臨時休暇をあわせると年内の休日は50日程度であった。また、「五節句ノ休日ノ如キハ、生徒ノ喜悦察スルニ余リアリシハ、ナホ、商家ノ丁稚ノ藪入リニオケルガ如キ観」があったといわれる。

このように寺子屋の授業体制は、今日の学校のそれとは基本的に違っていた。現代の学校においては、始業時間が画一的に決められており、子どもたちは授業に興味がなくても一日の課業が終了するまで学校にとどまっていなくてはならない。寺子屋においては、午後になると子どもたちは、家事の手伝い、おけいこごと、退屈などさまざまの理由で家に帰ってしまったのである。

 

指導は個別化されていた

また、授業は一斉にスタートするのではなく、寺子(生徒)はそれぞれ思い思いの時間に登校し、登校するとすぐに師匠からあらかじめ指定されている手本によってけいこを始めた。その手本は、寺子の年齢や学習進度に即して、また寺子の家職に応じて、まちまちであった。教育の内容だけでなく、指導体制も個別化されていたのである。読み(誦読<しょうどく>)などでは一斉指導が行われていたが、現代学校のような形態の一斉授業が、きちんとした時間割のもとに行われていたのではなく、生徒の必要、子どもの関心、自然のリズムなどによって比較的柔軟な体制で教育活動が展開されていたことは確かである。先に示したのは江戸における一寺子屋の例であるが、ほかの地方でも、状況は大同小異であったようである。

寺子屋の教育体制をそのまま現代の学校に回復させることは非現実的であろうが、時間運用の思い切った弾力化、生活に密着した教育の重視など、学校教育の体制を180度転回させることが期待されている今日、あらためて近代以前に目を向けてみることが重要ではないだろうか。これまでは授業時間と時刻の枠を画一的に決め、そのなかで授業を進めるというタスク・オン・タイムの体制であったが、これからは、課業に応じて時間・時刻を決めるタイム・オン・タスクの体制に転換し、ゆとりある学校が創造されることを願っている。