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教育行政・学校経営の最新情報「教職研修資料」【発行】教育開発研究所

教職研修資料2020/7/2 No.622発行  ※無断転載・加工禁止  【発行】教育開発研究所

教育行政のポイント

なぜ“9月入学”は見送りとなったか
 菱村 幸彦

 

今回の9月入学をめぐる論議は、臨教審のときと違って、政治課題となったので、官邸主導の政治的判断として強行される危惧があった。幸い見送りとなったが、その背後には、文科省担当官の並々ならぬ苦心があったと推測する。以下に、見送りとなった理由について考えてみたい。

 

●教育関係者が一致して反対

第1は、教育関係者の反対である。臨教審のときもそうだったが、今回も教育関係者は、ほぼ一致して9月入学の拙速な導入に反対した。まず、日本PTA全国協議会が、5月1日に緊急要望書を文科省に提出し、9月入学による学校現場の負担増、学年始期の移行に伴う経済的負担増など9点の懸案事項を示して、慎重な対応を求めた。

続いて、小学校長会が「(入学時期の)拙速な変更には課題が多すぎる」とし、新型コロナ終息後に時間をかけて検討するよう求める意見書を文科省に出した。また、日教組は「緊急アピール」を出し、9月入学の今年度の導入は「拙速であり、今は、学びの保障が最優先されるべき」だと反対を表明した。

さらに、自民党のワーキング・チーム(WT)のヒアリングで、全国市長会は、8割の市長が移行に反対とするアンケート結果を公表し、全国町村会も各都道府県の町村会長の約8割が反対であることを明らかにした。

 

●影響を与えた研究者の反対論

第2は、研究者の科学的データに基づく反対論である。オックスフォード大の苅谷剛彦教授の研究チームは、9月入学を一斉に実施すると、初年度の小1児童数が1.4倍に膨らみ、地方財政支出が2,640億円増え、教員が2万8,100人不足し、待機児童が26万5千人に上るという試算(5月19日初版)を公表した。これがメディアで報道され、世間に9月入学の問題点を認識させた。

また、日本教育学会は、5月22日に「拙速な9月入学論では、勉強の遅れを取り戻し、学力格差拡大を抑止する効果は期待できない」などとする提言を、安倍晋三首相と萩生田光一文科相に提出した。提言では導入により6.5兆円前後の財政・家計負担が生じるとの試算も示した。

さらに、自民党のWTのヒアリングで、慶應義塾大学の中室牧子教授は、諸外国の科学的データを示して、授業の遅れを取り戻すための9月入学の性急な導入に疑問を呈した。また、早稲田大学の田中愛治総長は、9月入学の導入には熟慮と熟議に基づく周到な計画が必要と指摘した。

 

●政権支持率の低下が影響

第3は、内閣支持率の低下である。今回、9月入学の導入に熱心だったのは、経産省出身の総理補佐官と言われている。同補佐官は、関係各省の次官等を集め、9月入学の導入を主導した。同補佐官が熱心だったわけは、明治以来変わらない4月入学制を9月入学制に改革すれば、安倍政権のレガシーとなり、内閣支持率が高まると考えたからだ、と言われている。

しかし、9月入学の問題点が明らかになるにつれ、国民の不安と不信が高まり、それが選挙民を通して国会議員に伝わり、自民党の若手議員を中心に「9月入学は慎重に議論すべきだ」との意見が大勢を占めるようになった。

5月末の朝日新聞の世論調査で9月入学「賛成」が38%、「反対」が43%と反対が賛成を上回り、同時に調査した安倍内閣支持率が「支持する」が29%、「支持しない」が52%となった。官邸は9月入学制による支持率アップは難しいと分かり、党WTの見送り提言を受け入れたと思われる。

 

(ひしむら・ゆきひこ=国立教育政策研究所名誉所員)

 

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