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行政からみた戦後教育史 菱村幸彦
菱村幸彦

【PROFILE】
菱村幸彦(ひしむらゆきひこ)
京都大学法学部卒。文部省に入り、教科書検定課長、高校教育課長、総務審議官、初等中等教育局長、国立教育研究所長、公立学校共済組合理事長、駒場東邦中・高等学校長などを歴任。
現在、国立教育政策研究所名誉所員、一般社団法人日本図書教材協会会長。
〔著書〕『やさしい教育法規の読み方』(教育開発研究所), 『はじめて学ぶ教育法規』(同上), 『教育の窓・法律の窓』(小学館), 『戦後高校教育史』(学事出版), 『私のリーダー論』(日本教育新聞社), 『私の校長学』(学事出版), 『戦後教育はなぜ紛糾したか』(教育開発研究所)など多数。

 

この連載は、ジアース教育新社刊「文部科学 教育通信」に2017年8月より連載されているシリーズを転載しています。

第2回

教科書検定への誤解 <下>

「さら さるる」か「サラサラ」か

これに類するケースを、私も教科書課在職中に経験した。小学校の国語科教科書の検定で、小学生の書いた詩を不合格にしたというので、マスコミから非難されたのだ。

それは「川」と題する詩である。

「さら さるる びる ぽる どぶる ぽん ぽちゃん川はいろんなことをしゃべりながら流れていく(以下略)」

この詩に対して、文部省が、川は「サラサラ」流れるものだからという理由で不合格にしたと報道され、非常識な検定だと激しい非難を受けた。

たしかに、この詩に対して検定意見がついた。検定意見は、文部省の教科書調査官が提示したものでなく、検定審議会の現場代表委員(小学校校長)から出されたものだった。

その趣旨は、小学校低学年における擬声音の学習では、まず「サラサラ」など基本的なパターンを身につけさせることが大切で、それを習得して、次の段階に進むことができる。その観点から、この詩は小学校教科書には適切でないという実践経験に基づく意見だった。審議会はこれを了として、この教材を不適切としたわけである。

後日、美術評論家の高階秀爾氏が産経新聞(昭和46 年4月30 日夕刊)に「紋切り型の表現」と題して、次のような文章を寄せた。

「(子どもの詩の検定について)『文部省は川の音まで押しつけようとするのか』という批判が圧倒的に多く、文部省側はどうも旗色が悪かったようである。たしかに『サラサラ』というのは、一種の紋切り型の表現である。それに対して上に引いた小学校の詩は、きわめて新鮮に感じられる。だが、その小学生の詩が、なぜそれほど『新鮮に』感じられるかというと、実は『サラサラ』というもう出来上がった紋切り型の表現があるからにほかなららない。(中略)私は、小学校の教科書というものは、まずそのように歴史のなかに定着した紋切り型を子どもたちに伝えるのが第1の役割りであると考える。『さら さるる……』が『新鮮なもの』と感じられる感覚を養うためには、まず『サラサラ』を共有することが必要なのである」。

この論評が出て、騒ぎは収まった。教科書検定に対する批判は、昔も今も誤解に基づくものが多い。

 

教科書検定制度の仕組み

さて、教科書検定制度の意義と経緯について述べておこう。

戦後、義務教育の教科書について、国定制度を廃止し、検定制度が導入された。検定制度は、民間で著作・編集された図書について、文科大臣が教科書として適切か否かを審査し、これに合格したものを教科書として使用することを認める制度である。

検定制度は、創意工夫に富んだ多様な教科書を確保する上で大きな役割を果たしている。半面、誰でも教科書が出版できることから、検定制度の発足当初は、教科書内容が偏向しているなど弊害が指摘された。

そうした状況をみて、昭和30 年に衆議院の行政監察特別委員会が教科書の検定・発行・採択等の実態について調査に乗り出した。当時、民主党の教科書問題特別委員会が「憂うべき教科書の問題」と題する冊子をまとめ、社会主義諸国を礼賛したり、マルクス・レーニン主義を強調したり、急進的な労働運動をあおったりする教科書の存在を指摘した。指摘された教科書は、いずれも検定済み教科書であったことから、政治的偏向を許容する検定当局の責任が厳しく追及された。

そこで、文部省は、中教審に教科書制度の改善方策について諮問し、中教審から、検定調査審議会の拡充強化と常勤の教科書調査官の配置等の答申を得た。答申を受けて、昭和31年に教科書法案を国会に上程した。

このときの国会では、同時に上程していた教育委員会法の改正法案(地方教育行政の組織及び運営に関する法律案)をめぐって、機動隊を導入するなど与野党が激突し、そのあおりを受けて、教科書法案は廃案となった。

しかし、検定調査審議会の拡充や教科書調査官の設置に関する予算は、すでに国会の承認を得ていたので、文部省は、行政措置として、検定制度の整備を行った。すなわち、それまでわずか16名の検定調査審議会委員で検定調査を行っていたのを改め、審議会委員を80名に大幅増員し、さらに文部省内に教科別に常勤の教科書調査官を配置し、検定体制を整備したのだ。

検定制度の整備によって、審査体制が整い、①記述内容の正確性、②指導要領との適合性、③政治的・宗教的偏向の有無などについて、綿密で適正な検定が行われるようになった。半面、教科書検定が厳しすぎるという批判が出てきた。

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