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行政からみた戦後教育史 菱村幸彦
菱村幸彦

【PROFILE】
菱村幸彦(ひしむらゆきひこ)
京都大学法学部卒。文部省に入り、教科書検定課長、高校教育課長、総務審議官、初等中等教育局長、国立教育研究所長、公立学校共済組合理事長、駒場東邦中・高等学校長などを歴任。
現在、国立教育政策研究所名誉所員、一般社団法人日本図書教材協会会長。
〔著書〕『やさしい教育法規の読み方』(教育開発研究所), 『はじめて学ぶ教育法規』(同上), 『教育の窓・法律の窓』(小学館), 『戦後高校教育史』(学事出版), 『私のリーダー論』(日本教育新聞社), 『私の校長学』(学事出版), 『戦後教育はなぜ紛糾したか』(教育開発研究所)など多数。

 

この連載は、ジアース教育新社刊「文部科学 教育通信」に2017年8月より連載されているシリーズを転載しています。

第6回

歴史教科書問題と「歴史認識」 <下>

官房長官談話で打開を図る

自民党の文教部会や外交部会の議論は、当初、中国・韓国の是正要求に応じるべきか否かで二分した。が、時の経過とともに、教科書の修正に応じるべきだという声が強くなった。

外務省も、最初は文部省の考えに理解を示していたが、中国・韓国側の態度が硬化するにつれ、「教科書問題で中国と日本の友好親善関係を崩壊させることはできない」として、文部省に教科書の修正を要請するようになった。

そこで、文部省は、検定済み教科書を直ちに修正することはできないが、3年後に予定している教科書改定で近隣諸国との友好親善の精神が教科書により適切に反映されるよう、検定審議会に諮って改善を行う案を提示した。

この案に外務省は同意せず、官邸に働きかけて、教科書を早期に修正する方向で決着を図る画策を始めた。外務省、官邸、文部省の間で厳しい折衝が続く中、事件発生からちょうど2か月たった8月26日に鈴木善幸首相の裁断という形で、宮沢喜一官房長官談話がまとめられ、中国政府と韓国政府に伝達された。

宮沢談話の主旨は、「韓国、中国の批判に十分耳を傾け、政府の責任において是正する」という点にあった。文部省は「是正」という文言を「改善」に改めるよう最後まで主張したが、聞き入れられなかった。

この間の経緯については、服部龍二教授(中央大学)の『外交ドキュメント歴史認識』(岩波新書)に詳しい。ただ、同書に外務省局長の証言として、文部省は宮沢談話の文案に事前に同意していたと記述されているが、これは事実に反する(服部氏にその旨を伝え、同書2刷から巻末に私の証言が付記されている)。

 

「侵略」改ざんは誤報だった

宮沢談話が出された後も、中国政府と韓国政府は、厳しい態度を崩さなかったが、9月7日に産経新聞が、教科書検定で「華北侵略」が「華北進出」に書き換えられたという報道が誤報であることを明らかにした記事を掲載したことで事態は終息に向かった。

産経新聞の記事によると、当時、検定結果の記事については、記者クラブの各社が集まって、教科書を分担して読み、互いにレポートを出し合う慣例ができていて、このときもA社の記者が「日本軍が『華北に侵略する』を検定意見で『華北に進出する』に改められた」と誤った報告をしたため、各社がそれに基づいてニュースを書いたというのだ。

産経新聞の報道後、なぜ文部省は誤報であることを言わなかったのかと詰問されたが、文部省は早い段階から記者クラブや国会の文教委員会等で再三にわたって「華北侵略が華北進出に改められた検定事例は見当たらない」ことを言明していた。にもかかわらず、どの社も取り上げなかったのだ。メディアは、自ら主導する流れに反する事実には目もくれない傾向が強い。

宮沢談話直後の打ち合わせの席で、宮沢官房長官は「この談話でよかったのかどうか。後世の判断にまかせるよりない」という感想を漏らした。その後、中国・韓国は、何かにつけ「歴史認識」を外交カードとして切ってくるようになった。その原因が、是正要求に応じた宮沢談話にあることは否定できないと思う。

 - つづく - 

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