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行政からみた戦後教育史 菱村幸彦
菱村幸彦

【PROFILE】
菱村幸彦(ひしむらゆきひこ)
京都大学法学部卒。文部省に入り、教科書検定課長、高校教育課長、総務審議官、初等中等教育局長、国立教育研究所長、公立学校共済組合理事長、駒場東邦中・高等学校長などを歴任。
現在、国立教育政策研究所名誉所員、一般社団法人日本図書教材協会会長。
〔著書〕『やさしい教育法規の読み方』(教育開発研究所), 『はじめて学ぶ教育法規』(同上), 『教育の窓・法律の窓』(小学館), 『戦後高校教育史』(学事出版), 『私のリーダー論』(日本教育新聞社), 『私の校長学』(学事出版), 『戦後教育はなぜ紛糾したか』(教育開発研究所)など多数。

 

この連載は、ジアース教育新社刊「文部科学 教育通信」に2017年8月より連載されているシリーズを転載しています。

第12回

戦後教育に残された最後の課題 <下>

特設道徳に反対した日教組

その後、昭和33年に教育課程審議会は、「道徳の時間」の特設を提言した。提言を受けて、文部省は、指導要領を改訂し、週1時間の「道徳の時間」を特設した。そして、「道徳の時間」の指導方針として、①特設道徳は、道徳教育を補充・深化・統合するものであること、②評点による評定はしないこと、③学級担任が担当すること(道徳の免許状は出さない)、④教科書は作らず、読み物・説話・視聴覚資料等を用いること――等を示した。当時、文部省は、特設道徳の実施について、国会やマスコミに対し修身科の復活でないことを繰り返し説明している。

それでも、日教組は、特設道徳を「修身科の復活」と批判し、全国的に反対闘争を展開した。例えば、日教組は、道徳教育の講習会場にピケを張って、受講者の入場を阻止したり、宣伝カーのスピーカーをボリューム・アップして「官製道徳反対」を叫んだりするなど、激しい抵抗活動を行った。

日教組の反対闘争を進歩的文化人や進歩的教育学者が支援した。彼らは、特設道徳の実施を「教育勅語の復活」「修身教育の再開」と非難し、特設道徳に反対することこそが、教育者の「良心の証し」だと煽った。清水幾多郎氏のいう「教育勅語への復讐」を行っていたわけである。

道徳教育を戦前の教育勅語や修身教育と結びつけて、否定的にとらえる空気は、日教組の道徳教育反対闘争を通じて増幅され、教員間に道徳教育を遠ざける心理を拡大させた。特設道徳の実施から5年後に道徳教育の充実方策を再度審議した教育課程審議会答申(昭和38年)は、「教師のうちには……いわゆる生活指導のみをもって足れりとするなど道徳教育の本質を理解していない意見もあり、道徳の指導について熱意に乏しく自信と勇気を欠いている者も認められる」と指摘している。こうした状況は、昭和の時代が終わるまでずっと続いた。

 

やっと実現した道徳の教科化

道徳の教科化を否定した昭和26年の教育課程審議会の答申後も、道徳の教科化について内々に議論されることはあったが、審議会の正式の議題として取り上げられることはなかった。道徳の教科化を表立って議論すること自体、タブーとは言わないまでも、忌避する空気があったのだ。

状況が変わったのは、平成に入ってからである。まず、平成12年に小渕首相が設置した教育改革国民会議が「小学校に『道徳』, 中学校に『人間科』、高校に『人生科』などの教科を設ける」ことを提言した。しかし、このときは提言のみに終わった。次いで、平成19年に第1次安倍内閣の教育再生会議が「徳育を従来の教科とは異なる新たな教科と位置づける」ことを提言した。これは民主党による政権交代で日の目を見なかった。

そして、平成25年の教育再生実行会議による提言である。同会議は「道徳の特性を踏まえた新たな枠組みにより教科化」を提言し、翌年、中教審答申が「道徳の時間を教育課程上「特別の教科 道徳」として新たに位置付けることを提言した。これを受けて、平成26年に学校教育法施行規則の改正で「特別の教科 道徳」が規定され、平成30年度から全面実施されることが決まった。かくて戦後教育に残された最後の課題がようやく解決されたわけである。これから道徳教育の新しい展開が期待される。

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