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行政からみた戦後教育史 菱村幸彦
菱村幸彦

【PROFILE】
菱村幸彦(ひしむらゆきひこ)
京都大学法学部卒。文部省に入り、教科書検定課長、高校教育課長、総務審議官、初等中等教育局長、国立教育研究所長、公立学校共済組合理事長、駒場東邦中・高等学校長などを歴任。
現在、国立教育政策研究所名誉所員、一般社団法人日本図書教材協会会長。
〔著書〕『やさしい教育法規の読み方』(教育開発研究所), 『はじめて学ぶ教育法規』(同上), 『教育の窓・法律の窓』(小学館), 『戦後高校教育史』(学事出版), 『私のリーダー論』(日本教育新聞社), 『私の校長学』(学事出版), 『戦後教育はなぜ紛糾したか』(教育開発研究所)など多数。

 

この連載は、ジアース教育新社刊「文部科学 教育通信」に2017年8月より連載されているシリーズを転載しています。

第18回

戦後教育の異常さの象徴 <下>

思想信条の自由論にシフト

国旗・国歌法の制定によって、法的根拠論争に決着がついた。しかし、それに代わって、国旗・国歌の強制は、教師の思想信条の自由を侵害するという第2の論点が強調されることとなった。

この問題はたびたび法廷で争われた。例えば、東京都日野市の小学校で、校長が音楽科の女性教員に入学式の国歌斉唱でピアノ伴奏を指示したところ、教員がこれを拒否したため、職務命令違反で戒告処分を受けた。教員は、君が代伴奏命令は思想信条の自由を侵害するとして訴訟を提起した。

しかし、最高裁判決(平成19年2月27日)は、①君が代のピアノ伴奏命令は、教員の歴史観・世界観や信念を否定するものではない、②入学式で君が代のピアノ伴奏を命ずることは、特定の思想を強制したり、禁止したり、告白を強要したりするものではない、③公務員である教員は、法令や職務上の命令に従わなければならない立場にあり、音楽科教員にピアノ伴奏を命ずることは不合理ではない――旨を判示し、校長の職務命令を適法とした。

また、校長による国歌斉唱時の起立命令をめぐる別件訴訟でも、最高裁判決(平成23年5月30日)は、校長の起立命令は、憲法に定める思想信条の自由に反しないと判示した。最高裁は、教師らの国旗・国歌への反対闘争をすべて否定した。

 

子供の白紙の心に刷り込む

教師が内心で国旗・国歌への嫌悪の情をもつのは自由であるが、それを「tabula rasa 」(白紙)の状態にある子供の心に刷り込むことは、許されない。

ピアノ伴奏事件最高裁判決が出たとき、西原博史教授(早稲田大学)の論文「君が代伴奏拒否訴訟最高裁判決」(『世界』平成19年5 月号)が話題となった。というのは、かねて国歌斉唱を拒否した教員に対する懲戒処分の違法性を唱えていた西原教授が、この論文では、一転して国歌斉唱の際、起立しようとする生徒を謗る教員を厳しく批判したからである。

西原教授は、「教職員が集団として、教育公務員としての職権を乱用し、国家シンボルの評価に対する特定の評価を子どもに押しつけた。卒業式は、教師たちに対する忠誠の証として座り続けられるかどうかを問う、子どもたちの踏み絵の場だった」と指摘し、「教育法学は、こうした抑圧状況に対して特に問題提起することもなく、教師の教育権を語り続け、子どもの無権利状態を容認し続けていた。(中略)それを正当化する教育法理論が通用していたことを考えた場合、教師が思想・良心の自由という基本的人権を口にすること自身が悪い冗談のように響く」と批判している。

平成28年度の国旗掲揚・国歌斉唱に関する職務命令違反による懲戒処分を受けた教員はわずか2名だった。戦後70年にして、ようやく国旗国歌の反対闘争は終わった。

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