ホーム>教育深夜便 第1回 このシリーズを始めるに当たって

教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第1回

このシリーズを始めるに当たって

齢を取ると目覚めが早くなるといわれますが、私も4時ごろには目を覚ますことが多くなりました。そんな時、布団に入りながらNHKの「深夜放送」に耳を傾けます。4時ごろは「明日への言葉」という番組があり、一般的にはあまり知られていませんが、ある課題に生涯をかけて生きてきた人びとが、どのような環境で、どんな生活を営み、事業や専門的研究を続けているかなどを、静かに語ってくれるものです。インタビュアーも、最近昼間の番組でよく聞く、辟易するような大声や叫び声ではなく、静かに質問を投げかけて 対話の形をとっています。一昔前に、よく目にし、耳にしたアナウンサーの声や姿を思い浮かべ、その名前を探り出すのも楽しみです。この番組の前の3時からの「日本の歌」などを聞いた後で、なんとも心が休まり、途中でイヤホンをしたまま、うとうとしてしまうこともしばしばです。

 

そんなぬくもりを体験していると、本欄の企画者から何か書かないかといわれたことを思い出し、齢甲斐もなく、短文ならなにか気楽に書いてみても、と思ってしまいます。

 

改めて自らを振り返ってみますと、大変な時代を生きてきたというのが実感です。昭和5年生まれで、戦争前の小学校を体験し、戦前戦中を中学前半で過ごし、戦後は新制の高校・新制大学の第一期生として生きてきたわけです。教育勅語、先輩後輩の明確な関係、教練・勤労動員、空襲、食糧難など、数えきれない現実を体験した一人ということになります。小学校では「サイタサイタサクラガサイタ、コイコイシロコイ、ススメススメヘイタイススメ~」の教科書で学び、楽しみにしている弁当のおかずは梅干し一つで中に海苔が入っていれば大喜び、その後は昨日も今日もさつまいも~。それでも終戦を迎えて、自由の空気を胸いっぱい吸い込んで野球へ没頭したことも懐かしく思い起され、今となっては、その時代の特別の苦労の思い出も消え失せている現在なのです。周囲を振り返るとそんな教育を直接体験した人たちも少なくなりました。新制大学の第一期生であり、当時の社会的雰囲気の中でロシア語を選択し、そこで「人生の不思議・めぐり合わせ」のもとで、大学卒業後教育関係に携わり、教育一筋で60年ほどが経過した勘定になります。その内訳は、行政(文部省20年)・国立教育研究所(22年)・私立大学(20年)といったところですが、その間に数えきれないほど多くの教師や教育関係者に出会い、学会・教育関係団体などにも顔を出しています。出版社の人たちとの出会いのもとで、雑誌や単行本の発刊にもお世話になったことが思い起されます。ともかく、一口で言えば教育経歴が長く、珍しい実体験をした者、ということになるのでしょうか。

 

では、具体的にはどのようなテーマで文章を書いていったらよいのかとなると,どうも思い浮かびません。小学校の思い出に始まり、戦前戦後の中学校・高校・大学、そして就職先の出来事などを思い出して書くのもよいのですが、「自分史」になってしまい、ほとんどの人には他人事で興味がわかないように思えます。

 

そこで、今から30年ほど前に書いた『新任教師への手紙』や『再び真に教師への手紙』(ともに、ぎょうせい)などを手掛かりにして、先生方を対象にして書いてみるのはどうかと考えました。改めて、本を取り出してみると、結構気合が入っているような気がしま す。例示してみると、「教師とは」「専門職としての自戒」「子供に幸せを求めて」「豊かさの中で生きる」「見えることと見ること・聞くということ」「考えるということ・感じるということ」「言葉の重み」「雰囲気の重み」「本物の体験」「育てながら育つ」~といったテーマが並んでいます。よくこんなことを考えていたものだと、血気盛んな時を振り返ってみますが、時代や環境の変化は当然ありながらも、教師の皆さんにとって、気になる課題ではないかと思います。

 

そこで、こんなテーマを参考にしながら、「思い出」をからませ、現在の教育状況を振り返りながら、書いてみようかということにしました。「深夜便」ですので、書くほうもあやふやの部分もあり、読まれる方も眠くなるかもしれません。教師の皆さんが、少しでも疲れをいやしていただけ、共に考え、子どもを前にして明日も頑張るぞといった気持が、わずかにでも起こしていただければ幸いです。