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教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第3回

教職に就かれているあなたに

人が生きて、生活してゆくための仕事は数えきれないほどあり、それぞれ意味のあるものですが、教職ほど魅力ある職は見出せません。教職に就かれたあなたは、法的には「教員」と呼ばれますが、一般的には「先生」と呼ばれます。若いうちから生涯にわたって先生と呼ばれるのは、あなた方と特定の職業人に限られています。私は一貫して「教師」と言わせていただいています(『新任教師への手紙』ぎょうせい刊、『教師論』福村出版刊など)。子どもと毎日接触し、指導し、子どもたちの知識・技能の発達や人格形成に強い影響を与える重い貴重な仕事に従事しておられるのですから、「教師」と呼ばせていただくのが最もふさわしいと考えるからです。 齢をとると顔は覚えていても相手の名前は忘れてしまい、失礼することが多くなります。ところが不思議なもので、小学校の先生の名前は、姓だけでなく名前も直ちに思い出せるのです。小学校1・2年は鈴木澄江先生、3・4年は風間慎一郎先生、5・6年は吉田和三郎先生といった具合です。それぞれの先生の一言や動作まで思い出せるのです。すごい力ですね。自慢になるようで気が引けますが、本欄(第2回)で触れたように、私は昭和25~28年のわずか3年半ほど新制中学の非常勤講師を務めた経験がありますが、その当時の生徒(今は80歳)たち10人弱とは、今でも1~2年に1回、昼食会などを開いて昔を偲んでいます。こんな機会を持てるのも「教職」の特権としか言いようがありません。

 

しかし最近は、そんな甘いものではありませんという声が聞こえてきます。教員の勤務時間は1日11時間15分=小学校、11時間32分=中学校などと報道されると、人権無視の過酷な職種だと思われてしまいます。確かに先生の仕事は急増しています。一昔前のように教授中心ではなく、子どもの個性に合わせて知識・技能を習得させ、思考力・判断力・表現力を育てる、といった教育目標実現のために授業の改善に取り組まなければならないでしょうし、新しい教科としての「英語」や「プログラミング」の指導の準備もしなければならないでしょう。「特別の教科・道徳」にも頭を悩ますでしょう。同じ一人の人間にこれほど多くの要求を突き付けられたのではたまらない、「教師」などと格好良い呼称より、昭和30年代に一部で使われた「教育労働者」と位置付けて、もっと環境整備に力を注ぐのが先決だという声も聞こえます。

 

私も文部行政に関わった経験があるので、申し開きになるようで恐縮ですが、教育環境の改善・整備のために日夜苦心してきたことを思い起こします。国内外にわたる各種の調査を行い、旧大蔵省の文部省担当官を説得しようと懸命でした。教育行政に携わる地方自治体の職員も日夜苦心しているはずです。しかし、行政は「数量の論理」での勝負しかできません。一方、教師には「教育の質」が求められ、両者には深い溝があります。教育の質の向上は学力調査などで一応把握はされますが、それだけで教育の質の判定を下すわけにはいきません。子どもたちの個性・長所を見極め、それぞれの子どもの成長・発達に直接かかわることができるのは、教職に従事する皆さん以外にはいないのです。子どもは待っていてはくれません。先生も手を抜くとはできません。毎日が勝負です。子ども一人一人と出会い、観察し、言葉をかけ、耳を傾けることができるのは教師だけです。子どもの生活・学習の「場」に降りて、子どもと共に登ることのできるのも、「教職者」である皆さんだけなのです。いやな報道が流れるたびに「頑張ってください」と祈るばかりです。