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教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第9回

[To be]に悩ませられて

人生の変わり目として、男性の42歳は「厄年」などといわれていますが、不思議なもので、私も同じ齢(昭和48年)に、国立教育研究所に転職しました。先生方はご存じないかとも思いますが、教育全般にわたって研究し、必要な情報を国の行政に役立てる役割を持つ機関です。具体的にいいますと、教育の歴史・制度・内容・方法などに関連する専門研究者を配して、個別研究・グループ研究などを行う機関で、学生のいない大学とでもいったら、分かりやすいかもしれません。研究所の規模は事務職員を含めて90人ほどで、目黒駅に近い住宅地に囲まれた閑静な場所にありました(現在は名称も「国立教育政策研究所」となり、設置場所も霞が関の「文部科学省内」に移転)。

 

私が着任したときは、ちょうどユネスコが刊行した『Learning to be』(1971年)という報告書を翻訳する作業を進めていました。これは当時日本の教育に大きな影響を与えた「生涯教育」の理念と必要性を述べたもので、教育関係者一般に周知してもらう必要があるという判断から、市販を企画していたものでした。翻訳を終えて、改めて書名をなんとするかで大議論となりました。近頃の書籍の中には非常に長い署名を使ったものもありますが、当時はそのような表題、例えば「人間らしく生きるための学習?」「人間存在としての学習?」などは、どうも書名としては不適切ではないか、などと意見が交わされていたのです。時間切れで、書名は『未来の学習』(第一法規出版)として出版されましたが、「Be」という言葉が引っかかってしまったままでした。皆さんならどんな書名にされますか。

 

ちょっと複雑になって恐縮ですが、この報告書の前後にR・ハッチンスの『The LearningSociety=学習社会論』(1968年)やE・フロムの『To have or to be=生きるということ』(1977年・紀伊国屋)などが出版され、教育というのは、従来のように教え授けるものではなく、人間として生きる主体としての教授・学習を原理としなければならない、という論が支持されるようになっていたのです。「分割された人間育成から、完全な人間の育成への転換」、あるいは「持つことからあることへの転換」などの思想を中心に、教育観の転換が進められていたという状況でした。私自身どうも納得できなかったのは、「完全な人間の育成」「持つことの軽視」など、かなり偏った考え方ではないか、教育は個々人の特性を生かすこと、あるいは持つことなどをあまり軽視すべきではなく、「個と全体の調和」「持つことと存在することの調和」を基本とした教育を目標とすべきではないか、などと考えていたのです(この時期の主な論調は、新井郁男編集・解説『現代のエスプリラーニング・ソサエテイ』至文堂に詳しい)。そんな状況の時、ユネスコの「21世紀教育国際委員会」から『学習―秘められた宝』(1997年・ぎょうせい)が発表されました。これが、当時のユネスコの一応の結論といえるのではないかと考え、読んだ記憶があります。

 

そこでは、教育の主要な役割が四つにまとめられ、「知ることを学ぶ」「為すことを学ぶ」「共に生きることを学ぶ」が書かれており、最後に、再び「Learning to be」で締めくくられているのです。教育とは、結局ここでも「To be」(人間であること)を目指すものであると再認識させられました。教育というのは難しいですね。「人間であること」を追い求めて、それに挑戦するのが教育なのだというわけです。そして、よく読んでみると、冒頭部分に「生涯学習は21世紀の扉を開く鍵である」という一文がありました。「秘められた宝」は、「生涯学習にある」と委員会は総括したのです。次回に、改めて生涯学習の理念・背景や学校教育との関係などについて、ご一緒に考えてみましょう。