ホーム>教育深夜便 第12回 新春に当たっての「雑感」

教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第12回

見ることと観ること

これまで、私自身の教育行政・研究・教職体験などを振り返り、昔のことを体験されたことのない先生方が殆どではなかろうかという前提で、当時の教育や教師のことを思い起こしながら書いてきましたが、今回からはより具体的な問題を取り上げ、「教職」につかれている先生方とご一緒に考えさせて頂きたいと思います。先生方にとっては、当然であり、常識であることも多いと思いますが、思いつくままに……「深夜便」と思って付き合ってください。

 

その一つは「子どもを見るということ」です。教師である以上、毎日子どもの状態を観察せずに授業などできない、といわれるかも知れません。「子どもが見えない先生は教師ではない」と一喝されそうです。しかし、私には一つの確信のようなものがあります。それは、先生方には失礼ではありますが「子どもは見えない」ということです。

 

もう何十年も前のことになりますが、北海道の滝川という町で岩橋英遠さんという著名な日本画家の小さな展示室を訪れた時でした。そこに彼の描かれた絵と共にパンフレットが置かれてあり、手にしてみると「迂闊な話だけれども、70年を生きてきて、この頃ようやく網膜に映ることと見たこととは全く別なものであることだと分かったように思う」と書いてあったことです。日本を代表する画家が、こう書いていることに心打たれ、私も自説を再確認したのです。何十年もの間、「道産子」を見つめ、描いてきたはずの画家が、「網膜に映ることを見たと錯覚していた」というのです。先生方は、何十人もの子どもを前にして授業や生活指導を行われています。一人の子どもでも、毎日姿を変えるわけですから、どうしても表面的にしか見えないのではないかと思ったのです。自分の子どもでも、いったい何を考え、何に興味・関心を持ち、過ごしているのか戸惑うばかりですから、誰も責めることはできません。ですから、いじめによる不登校や自殺などの記事がマスコミに取り上げられ、教育委員会の代表や校長先生などが謝罪している姿を見ていると、腹立たしさがこみあげてくるのは私だけでしょうか。では、どうしたらこのようなことは解消されるのでしょうか、頭を悩ますばかりです。

 

これに応えるにはどうすべきか、その都度考えてきたのですが、結論は見つからない、あるいは無いというというのが結論です。しかし、それではあまりにも無責任です。そこで、回答にならない回答を私なりにいくつか挙げてみたいと思います。

 

宮本武蔵は『五輪の書』で、「観見二つのこと。観の目強く見の目弱く」ということを書いているようですが、これを今回の話に当てはめてみると、子どもの心の中を見る努力をせよ、ということになるのでしょうか。教育相談の現場などでは、よく「内観」という言葉が、相手を表面的にみるのではなく、心の内側までよく見てほしいという時に使われますが、もう一度頭に入れて子どもに接したいものです。次に、『大地』を書いたパールバックのことが思い出されます。彼女は中国滞在時に周囲に祝福されて子どもを産んだのですが、発達障害で読み書きが普通児のようにいかず、いろいろ工夫を凝らして必死に教えようとしましたがダメでした。あるとき、子どもの手を取って文字を教えようとしたとき、その掌が汗にまみれていたのです。彼女は、ハッとして子どもを抱きかかえ庭に飛び出したというのです。見えなかったことへの焦りを反省した行動が心を打ちます。そして最後にもう一つ、また画家の話ですが東山魁夷の『風景との対話』を取り上げておきます。詳細は避けますが、要点は「絵になる場所を探すというのは難しいことである。その気持ちを捨てて、ただ無心に眺めていると、相手のほうから、私を描いてほしいと近づいてきてくれる」というのです。風景画を描くために場所を探す場面を「子ども」に置き換えてみるとどうでしょう。子どものほうから、「見てくれ」と接近する教師であって欲しいですね。