ホーム>教育深夜便 第13回 よく耳を傾け語りかける

教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第13回

よく耳を傾け語りかける

前回に「観・見二つのこと」について書いたので、今回は「聞・聴二つのこと」を取り上げようと思いましたが、聞と聴とは、どうも同じ意味で使われているらしく、広辞苑を見ても、[聞(聴)く」となっており、「聞く」と「聴く」をどう使い分けるか判別できません。「注意して耳に止める、傾聴する」という時に、「聴」という言葉をつかう程度で、特定の場所での表現の違いのように読み取れます。

 

こんなことにこだわったのは人間の感覚として「眼・耳・鼻・舌・身」という五感があり、それにより「意識」(知覚・感情・意志・思考)が生じ、それが人間の行動を左右する、と思っていたからです。なお、心理学では、「無意識」の領域があり(フロイトやユングの個人的無意識及び集合的無意識)、さらに遡れば4世紀ごろの「唯識論」(世親・無着による「マナ識・アラヤ識」として捉えられている)もありますが、こんなことを書くのも、五感等の活用が人間の生き方にいかに影響するかが、頭から離れなかったからです。

 

さて、教育にあっては、子どもの話を「よく聞くこと」が特に大切だと言われており、先生方はいつも気にかけておられることと思います。子どもの気持ちをできるだけきちんと捉えておかなければ、子どもが将来思わぬ過ちを犯しかねないとさえ言われています。よく例示されるのは黒柳徹子さんの話です。有名な『窓際のトットちゃん』の中で、彼女がトモエ学園に転校したとき小林校長先生と面談したのですが、先生は「さあ、何でも話してご覧、話したいこと全部」と言ってくれたので、彼女は電車のこと、改札のおじさんのこと、前の学校の先生のこと、ツバメの巣があったこと、今着ている洋服のことなど、たっぷり4時間話したというのです。そして校長先生が立ち上がり、大きな暖かい手で「じゃこれで君はこの学校の生徒だよ」と言われたとき、生まれて初めて本当に好きな人に出会ったような気がした、と書いています。

 

たった一人の生徒に、こんなに長時間かけて話を聞くことはできないでしょうが、彼女の言葉を聞き続けてくれたことが、彼女の生涯を決定したという意味で重要な示唆を与えてくれたものでした。当時(昭和50年代末)は校内暴力が各地の学校で頻発していた時代で、暴力をふるう子どもにどう対処したらよいか、教育上の大問題でした。私たち国立教育研究所でも「校内暴力問題研究会」というグループを設け、暴力の生じた各地の教育委員会や学校を訪問して調査したことを思い出します。しかし、現在のいじめ、不登校などとなると、見えにくいし、聞きにくいだろうと考え込んでしまいます。首謀者とおぼしい子どもを呼んで、話を聞こうとしても、反抗する子、沈黙する子,不確かな情報を話し出す子などが多くて、聞き逃すまいと努力しても、判断しにくいのではないでしょうか。五感を動員して、先ず「観て聞く」と共に、「体で感じと取り」(身)、「語りかける」(舌)ということが大事になっている時代なのでしょうか。

 

日常子ども達とよく接し、よく観察し、語りかけるということを心がけていても、多忙の中で多くの人数を抱え、簡単なことではないでしょう。

 

昔、 「子どもと共にのぼること」「待つということ」「肩の力を抜くということ」「感動の喜び・創造の喜び・他に役立つ喜びの場を設けること」をキーワードとして日常の仕事を続けてほしい、などと書いたことがありますが(『新任教師への手紙』ぎょうせい)、子どもは思いもよらない事件や行動を起こすかもしれません。どう対応したらよいのか、悩まされることも多いことでしょう。私の手元にスホムリンスキーというウクライナの教育者の本があります。私はこの人の実践記録が好きで、翻訳出版したものです(『子どもを信頼しよう』新読書社・1984年)。そこに書かれている著者の初任時の失敗談が浮かんできます。「冷酷な理屈や説教、子どもの不安や動揺を無視する態度は決して子どもに受け入れられない」「子どもの良心・自尊心、人間としての誇りを傷つけるならば、侮辱したと同じように相手を苦しませる」などといった反省文です。心に留めておきたいものです。