ホーム>教育深夜便 第24回 「みかづき」と「スホムリンスキー」

教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第24回

「みかづき」と「スホムリンスキー」

奇妙な表題だと思われるかもしれませんが、今年の1月末の土曜日から、NHKで「みかづき」というドラマ(塾講師の男女の奮闘記・全5回)が放映され、その原作者がスホムリンスキーの著書などを参考資料として取り上げ、塾の子どもや父母たちとの葛藤を含めて、「教育とはなにか」を改めて問いかける作品になっています。

 

私は、スホムリンスキーの著書が好きで、これまで書いてきたエッセイの中でも、現場の教師のみなさんに参考になるのではないかと思われる言葉を部分的に取り上げてきました(第22回など)。そこで、今回の放映を機会に、彼がどのような人物で、どんな業績を残してきたのかを簡略に紹介しておくことにします。

 

彼 (1918~1970年)は、ウクライナの「パブルイシュ」という小さな町(首都キエフの遥か南西)に生まれ育ち、その地の小中学校(8年制学校)の教師・校長を務めた教育学者・実践家で、多くの書物を残しています。活躍はソ連時代でしたので、日本ではマカレンコやクループスカヤなどの作品紹介は多かったのですが、スホムリンスキーについてはあまり注目されることはなかったと思います。

 

私はそのような社会的雰囲気の中で、『子どもを信頼しよう』(1976年)という表題の著書に出会い、早速それを翻訳・出版しました。そして、それをきっかけに『教育と教師について』(1977年)、『青春を生きるお前に=息子への手紙』(1982年)などを手掛けてきました。今回のドラマでは、『教育の仕事』(笹尾道子訳・新読書社刊)が画面に取りあげられていたようです。

 

彼の教師としての実践を要約するのは難しいのですが、根底には、子どもをこよなく愛し、秘められている力を信じ、個々人の特性に応じて、「実践したこと」です。教育関係者にとっては、当たり前のことのようですが、最も見えにくい子どもの「心の世界」「精神世界」に働きかけ、心豊かな人間に育てようとした点に特徴があるともいえるでしょう。

 

例えば、就学前の子どもたちを集め「喜びの学校」というグループを設け、彼らを朝早く連れ出し、朝露に濡れる草原に耳を触れさせ、自然の声を聴かせます。また、洞窟のような薄暗い場所に子どもたちを集め、夕暮れ時の景色や太陽などを眺めさせながら「おとぎ話」を聞かせたりして、想像力や空想をかき立てる実践をしています。

 

小学校で文字を教える際には、スケッチブックを持ち出させ、自然の状況を写生させながら、それと結びつけて「言葉」を心の中に留める指導を行っています。子どもたちは、それぞれ見たり気づいたりした光景(例えば、草原や牛やガチョウ、かすかに見える煙、地平線上の白い雲など)を描きますが、その画面に「ルーク=草原」と書き添える指導をしています。「ルーク」は文字ですが、子どもの心の中には自然の光景と重ね合わせた形で言葉が記憶されるのです。

 

私は1984年にパブルイシュ小中学校を訪問しました。玄関に入ると翻訳を通して知っていた文章「母親は偉大な教育者であり、偉大な教師であることを銘記しよう。あなた方母親に未来の社会や運命がかかっている」と刻まれた壁掛けが掲げてありました。彼は、地域との連携、特に母親との協力を大切にした人でもあったのです。

 

スホムリンスキーの思想や実践を今日の教育現場に導入しようとしても無理があるのは当然です。しかし、情報化・国際化など変化の激しい時代の中で、いじめ・不登校・自殺・DVなどで、悩み、苦しむ者の多い現実も見逃せません。「みかづき」の放映を機会に「教育の原点」を改めて見直す時ではないでしょうか。