ホーム>教育深夜便 第27回 「第二の言語」を生かす

教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第27回

「第二の言語」を生かす

平成末期のざわめきがどうやら収まって、突然「令和」の元号が眼に入ってきました。この先は誰にも読めない時代です。平成期を振り返りながら、自由で平和な社会であってほしいし、あまりに多くの複雑な課題を抱えている世界各国を含めて、平和な「共生社会」に向けて発展してほしい、などと思いめぐらし、結局、「教育の力」に頼ること以外に解決の方法はないのだと自分なりに言い聞かせました。

 

ちょうどそんな時、NHKの「心の時代」(5月4日)の映像が流れてきました。徳永進さんという医師の話です。彼は終末期の患者を数多く診療した経験を振り返りながら、一人一人の患者には「一つ目の言語と二つ目の言語」があり、それを聞き分けることの重          要性を強調していました。一つ目の言語は、いわば公式の言葉で、医師と患者との会話を差し障りなく語り合うものですが、実は二つ目の言語というものが重要であり、それ                 をいかに聞きとるかが最も難しい仕事で、その言葉に神経を集中し、患者の本心を聞き取れるかどうかが、医師としての役割である、と語っていました。

 

教師の皆さんも当然、ここでいう「第二の言語」を求めて奮闘されていることと思います。しかし、ここで言われていることはわかるが、学校教育の現場では30~40人の生徒を前にして、生徒個々人の心の言葉を引き出し、理解を深めるのは至難な業であり、経験を積み重ねていくほかに方法はないと思われるかもしれません。学習指導も、生徒指導も十分に達成しなければならない立場にあるわけですから、医師が個人的に患者の家を訪れ、あるいは病院内で「第二の言語」にこだわる時間や場所をとるようにはできないという現実があるはずです。

 

そこで、教師の特性を生かし、「第二の言語」のうちにも、個々の生徒から聞き取る言語以外に、もう一つの言語がないか、と考えてみました。つまり、先生個々人の「個性と経験」を活かして、子どもたち全体に生き方、喜び、悲しみを教師の側から本音で語り掛ける言語のことです。

 

不思議なことに、子どもの「個性重視の原則」は既に久しく強調され、先生方は十分これを認識し、対処しているはずですが、「教師の個性重視」については、ほとんど法令上見当たりません。教師の個性・特性の中から発せられる本物の言動(「第二の言葉」)は子どもたちに強く響くものではないでしょうか。

 

私の子ども時代は担任の先生方はかなり自由に指導していたと思います。3~4年担任のK先生は「習字」に特別な才能・興味を持っていたようで、休み時間にも教室の前に置かれた「教員机」に筆と墨を取り出し、何やら書かれていました。ときたま字を書いていないときには、「今日はなぜ書かないのだろう?」と子どもたちは不思議に思ったほどでした(当時は、休み時間でも先生はそこに座っていた)。5~6年担任のY先生は自分が読んだ本の内容を話したりスポーツが好きで、授業になると教科に関係なく、冒頭に「宮本武蔵」などを話されました。子どもたちもそれが楽しみで、「巌流島の決闘」などの様子を身振り手振りで語ってくれた姿を今も忘れません。雪が降れば「雪合戦」、体育の時間は校庭の一隅にあった土俵で「相撲」をとらされました。お二人の先生の姿が、特に両先生の個性・特性とまでは言えませんが、一定の[型]にとらわれない、生の人間像を示してくれたことは確かで、多くの子どもたちのその後の人生に強い影響を与えたのではないでしょうか。

 

今日では、当然そんな自由も時間もないことはわかっていますが、教師の特性を十分生かした「第二の言語」の力は、時代の変化を超えて、生き続けているのではないでしょうか。先生方個々人の「個性・特性」を磨き、それを生かした語り掛けを、改めて期待しています。