ホーム>教育深夜便 第32回 「パンのありがたさ」を忘れるな

教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第32回

「パンのありがたさ」を忘れるな

私の青少年時代、つまり戦前・戦中・終戦直後の社会や学校・教師・生徒たちの状況を思い出すままに書いてきましたが(第29~31回)、現在の生活と比べて、なんと雲泥の差があるかに、改めて戸惑ってしまいます。詳細は省きますが、庶民の暮らしは、食糧だけについても、コンビニ・スーパーでなんでも手に入り、貧富や地域に差はあるものの「便利で楽な生活」が当たり前になっています。

 

 

そんな状況はいつまで続くのでしょう。苦しい体験の中で生きてきた高齢者にとっては、自然災害や、経済的な激変などなど、気になって仕方がありません。紙不足の中で、あわてて持ちきれないほど「トイレット・ペーパー」を買い込んできたこと、東日本大震災直後だったと思いますが、「ガソリン不足」でスタンドに数時間も並ばされたこと、コンビニに買い物に行っても、パンや水や主食になる食品の棚は全く空になっていたことなどが、今でも記憶に残ります。これらは災害を直接受けなかった一般庶民の経験にすぎませんが、テレビ(NHK)では今後30年間に70パーセントの確立で首都圏大地震の危険性があることを、繰り返し報じてもいます。

 

本の整理をしながら、既に前にもふれたウクライナの教師・作家スホムリンスキーの『父よりの手紙』(日本語訳「青春に生きるお前に」新読書社・1982年)を読み返してみました。全体を30項目に分けて、学生になった息子に手紙の形式で彼の思いを綴ったものですが、その冒頭の項に「パンのありがたさを忘れるな」と書いています。ちょっと長くなりますが、次のような文章です。

 

「私たちは限りなく多くの言葉を持っているが、三つの言葉を何よりも挙げておきたい。それはパン・労働・民衆です。これらの根源は決してお互いが引き裂かれたり、離れたりせず、お互いにしっかりとかみ合っているのです。労働の汗と癒しのなんたるかを知らない人には、パンの有り難さはわからないでしょう。(中略)知性・良心、そして人間としての誇り。そのような人間を支えているのが、額に汗して働いている人々なのです。この最も大切な根源を忘れてはならない」

 

これを読みながら、「臨教審」(1984~87年)が思い出されました。随分時間がたってしまいましたが、「西暦2000年代の教育の在り方」が審議され「個性重視の原則・生涯学習社会の構築・変化する社会への対応」の三つの原則が打ち出され、これが今日の教育の源流として、教育改革が進められてきたのです。そして、「変化する社会への対応」では、国際化・情報化への対応が取り上げられ、「英語教育やプログラミングに関する教育」の導入が、新年度から実施されるようになったのです。社会全体の変化、進歩・発展の中で、教育界にも当然求められる改変かもしれません。

 

しかし、先に触れた『父よりの手紙』のように、教育は知識・技能と同時に「人間として生きてゆく基本」を育てる最も重要な場ではないでしょうか。そんな思想を背景に、1960年代には「総合技術教育」という言葉が一部の先生方に支持されました。簡単に言えば、「教授と訓育あるいは知育と技能の調和」とでもいう用語です。私も若いとき『ソビエトの総合技術教育』(東洋館・1956年」)を分担・翻訳した記憶があります。

 

先生方は、そんなことは当然であり、分かりきったことだと、笑われるかもしれませんが、過剰な教育内容の中で、さらに新しいテーマが加えられ、つい教育の根源がおろそかになりはしないかという懸念が離れません。変化の激しい社会であればあるほど、改めて「三つの言葉」を念頭に置いて、悔いのない教育を心がけていただきたいと願ってしまいました。