ホーム>教育深夜便 第33回 「本・本―そして本」

教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第33回

「本・本―そして本」

先生方の年齢・職業では遠い将来の話かもしれませんが、読書、読まれた本は、生涯にわたる大変な財産になるかもしれません。前回(第32回)に書かせていただいたスホムリンスキーの文章の中には、「青春時代から死に至るまで、お前の隣人であり、教師でなくてはならない。本・本―そして本はお前の精神生活に入り込まねばならない。」などと書いてありますが、私は現在に至っても、この指摘は生きる上で大切な言葉であると思っています。

 

 

私自身の体験を思い起こしてみると、高齢前期(70歳初期)までは、専門書の「本=資料」でありましたが、妻が身体の自由が利かなくなりはじめるようになってからは、一般の「本=教養書」を読む必要に迫られ、時間が取れるときには、本を読んでやるという生活をすることになりました。朝食後の1時間弱を「読書の時間」にしたのです。若いときに読んだこともあるし、新聞広告などで目についた作品などを買ってきて読みはじめたのです。

 

2011年の手帳を読み返してみると、この年には17冊ほど読んだことになっています。具体的には、「闇の奥」(辻原登)、「思い出袋」(鶴見俊輔)、「宙返り」(大江健三郎)、「苦海浄土」(石牟礼道子)、「きことわ」(朝吹真理子)、「1Q84」(村上春樹)、「氷輪=上下」(永井路子)、「天平の甍」(井上靖)、「無意識の構造」(河合隼雄)、「斜陽」(太宰治)、「ペスト」(カミユ)、「紋章」(横光利一)、「道元とその弟子」(今枝愛真)、「いねむり先生」(伊集院静)となっています。まったく順序もなく、寝ている妻に読んで、自分でも「この本は結構面白い、分かりにくい、評判ほどではない」などとメモしていたのです。

 

翌年(2012年)はこのような形で、手帳では23冊読んだ記録があります。例えば、「アカシア・からたち・麦畑」(佐野洋子)のエッセイの読後の感想には「少女の観察力や行動と共に、著者の鋭い考察力に驚かされた。また、「楡家の人々」(北杜夫)の読後メモには「明治から昭和にかけての、父・兄弟を巡る自伝的小説であるが、極めて読みごたえがある」などと書いていました。

 

こんな本を次々に妻に読んでやりながら、自分でも新たな知識を得たり、感動させられたりした時間を見付けましたが、先生方にとっては、表題の「本・本―そして本」の通り本を手にすること、教育書以外に手に取って読んでみることは、決して容易なことではないでしょう。生徒個々人にとっても本屋に立ち寄り、自分自身に興味・関心ある本を買うのは経済的にも無理があるでしょう。テレビを見、ハソコン・スマホなどの情報機器で「今の時間」を過ごせるからです。「本」が無くても必要な知識や友達との会話に不自由さを感じない筈です。指先一本でキーを叩けば殆ど必要な知識は手に入るでしょう。

 

しかし人生はあっという間に過ぎていきますし、生活の場面・場面は変化していきます。どのような人生が待っているかは、誰にも見通せません。私自身も今になって、もっと若いうちから専門書中心ではなく、一般書を読んでおくべきだったと反省しきりなのです。新しい学習指導要領では「思考力・判断力・表現力」の育成を掲げていますが、「本」はまさにそのために必要なのではありませんか。先生方自身も、専門書に限らず、時間を割いて読んでみてください。

 

歌人の馬場あきこさんは、「言葉を守る。言葉は生きる<といしである>」などの表現を使っていました(NHK・1月11日)。私は、なるほど歌人の使う言葉は、説得力があるなと感心して聞いていました。本も同じではないでしょうか。どの本が読者によって参考になるかは、読者の置かれた年齢・位置づけによってさまざまでしょうが、「生きる上で役立つ、文章や言葉」が見つかる筈です。そんなことで、「本」は人間生活の「源流」であるといえるでしょう。先生方自身及び子どもの将来のために、読書の習慣を身に着けていただければ幸いです。