ホーム>教育深夜便 第34回 「孤高の星」を目指して

教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第34回

「孤高の星」を目指して

令和の新時代が始まって、平和を祈りつつ、生きやすい生活を願っていた矢先、中国を中心にした新型感染症のニュースが飛び込み、わが国でも大変な状況になってしまいました。2020年という「節目の年」であり、オリンピック・パラリンピックの開催年でもありながら、皮肉な幕開けになってしまい残念なことです。

 

そんななか、つい「節目の年」を思い起こし、あっという間の年月が頭をよぎるのも、私だけではないような気がします。1945年の終戦前後の食べ物に苦しんだ生活、1960年以降の経済成長による自家用車・テレビ・冷蔵庫・洗濯機、そしてオリンピック・大阪万博など、なんとも心を揺さぶる時代、さらには1990年代前後の東西冷戦解消時代など、時代変化の中で、よく生きながらえてきたものだと、ただただ思い返すばかりです。

 

先生方も、それぞれの時代背景の中で、喜び、悩み、苦しみを体験しながら、今を大切に、そして将来を展望しながら、毎日の生活を営んでいるのでしょう。若いときは子どもとは兄弟のように、その後は専門性の大事さや責任の重さを感じ、定年を前にしては次の生き方を考えながら、生きているのではないでしょうか。

 

学校の現場では、こんな変化の激しい時代を背景にしながら、国の定める学習指導要領を参考にしながら、特に、「思考力・判断力・表現力」の育成、情報教育・外国語教育などに力を入れていることでしょう。

 

しかしこれらの能力を身につけさせることとなると、年齢・学習レベル・家庭環境など子ども一人一人異なるので、クラス全員に目的とする内容を習得させ、先生・生徒とも満足する授業を行えたと感じる日は、めったにないでしょう。

 

広島の教育長である平川理恵さんは、民間出身の方と聞いていますが、子どもの多様性や特性に配慮し、地域の人々を巻き込んで、子ども各人に合わせた施設や場を設ける努力を重ねてきたようです。例えば、学校図書館に、子どもが好き好んで読むような本を並べ、立ち読みや寝転んで読めるような空間を作ってこられたようです。

 

私は、昔、ソ連時代に「ピオネールの宮殿や家」というところを、数回訪問したことがありました。規模や特徴はありましたが、いろいろなグループが作られていて(文学から芸術・工芸・動物や植物の育成など)、週2回ほど、子ども自身がグループを選んで、自己の才能を深める実践が義務的に行われていました。学校内では基礎知識、学校外では興味・関心を向上させるという考えで設けられた「学校外施設」です。ただ授業形式で知識を与えるだけでなく、例えば、動物グル-プでは動物の世話、化学グループでは実験など、外部から招いた専門家の指導者に学習を任せるといった仕組みです。私はこれを見て、子ども時代に基礎的知識と同時に、子ども個々人の「喜びを含む体験」の必要性を強く感じたものでした。

 

話は飛びますが、先日「飯館村」の学校での校歌が披露されたというテレビを拝見しました。「孤高の星」(黛まどか作詞)というものです。東日本大震災で孤立してしまったような村に小さな小中学校が開設され、それを機会にこの歌が披露されていたのです。子ども達には「孤高」などという言葉は理解できないでしょうが、大空に輝く星を眺めながら、母なる村に誇りを持ち、村人の一人として頑張ろうという気持ちを持つことになるでしょう。

 

「節目の年」である今年を迎えて、先生方も含め、子どもたちの立場は異なっても、「孤高の星」の一つになって,生きていけるような実践を心がけたいものです。