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教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第35回

「見えない明日」を見る

新型コロナウイルス問題で、ついに3月2日から全国の小中高校などが特別休暇に入ることになりました。突然のことで、父母を含め先生・生徒の当惑は大きなものがあるでしょう。一方、テレビ・新聞等は連日その関連ニュースで国民の不安を煽っているような気がします。マスクが品切れ、トイレットペーパーが店先から消え、カップラーメンなど長持ちする食品もコンビニの棚から消えていく、などの話を聞くと、私たち高齢者は、一体どうしたらよいのか、戸惑いながらも似たような経験を思い起こし(終戦前後・リーマンショック・東日本大震災時の状況など)、当時の欠乏した生活の中でも結構生きてきたではないかと自ら慰める日常です。

 

そんな折に、偶然「本」と「書状」が送られてきました。一つは私たちの研究仲間の関啓子さん(一橋大学名誉教授)からで、彼女が住む松戸市で「里山」を守り続けた20年の実践記録であり(『「関さんの森」の奇跡』新評論)、二つは私が大学生時代に非常勤講師を数年間務めた時代の「教え子」である福島和子さん(元高校教諭)からで、高崎市郊外で高齢者のために自宅を開放して行ってきた活動の実践記録でした。

 

関さんは、クループスカヤ(ソ連の教育学者)研究の第一人者ですが、早くから環境問題に強い関心を持ち、シベリアに生存する「アムールトラ」の減少に警告を発して、『トラ学のすすめ』(三冬社)などを書かれていたことは知っていましたが、今回の本は、「里山」の存在の重要性に着目したものでした。彼女が生活している自宅の「森=里山」(父母時代から引き継がれた2・1ヘクタールの巨大な森林)が、居住者というより、市民にとって、いかに重要な役割を果たしているのかを理論的・実践的に述べています。人々は問われれば「自然は大切である」と言うでしょうが、実は「こうした言葉の裏に隠されている大きな問題が見えなくなってしまうのです。」とも述べています。

 

私には、「里山」を切り開いて道路を開通させたいという行政担当者や便利さを優先する人々の顔が浮かんできて、関さんや「里山」を守るために頑張っている協力者の皆さんの姿を思い浮かべ、「あなたなら」と自問してしまいました。そして、コロナウイルスの対策に、「締め切った部屋」「手が触れ合わないような場所」などと子どもたちの行動に警告を発している有識者のテレビを見ながら、今になって「里山」を守り続けた関さんたちの判断と行動に、心の中で拍手を送ってしまいました。

 

二つ目の福島さんの著書は、「孤独という道」を歩んでいる高齢者に、心と体をいやす場を提供することを目指して、「井出いこいの家」を開いて活動している実践記録です。彼女は早くに夫を失ったのですが、残された(義父は材木商を営んでいた?)広い家屋・敷地を高齢者に提供し、月ごとの事業計画を作成し、数名の協力者とともに活動しています。しかし、実務的には殆ど一人で運営することが多いようです。

 

驚くのは、彼女はすでに83歳なのですが、80歳から活動を始めているということです。そのエネルギー・意欲には頭が下がりました。具体的には、第1週=楽器演奏・卓球・健康体操、第2週=歌声喫茶・ハッピーカフエ・実用書道と絵手紙・小物つくり、などです。

 

先生方は当面の新カリキュラムで手一杯でしょうが、あっという間に次の人生が待ち受けているということだけは間違いありませんし、どのような状況が待ち受けているかもわかりません。頼りになるのは、その時々に置かれた場における「判断力・行動力」などです。先生方自身のためにも、次に続く子どもたちのためにも、学校教育が「今」求めている諸能力を大切に育てることを願っています。

 

「節目の年」である今年を迎えて、先生方も含め、子どもたちの立場は異なっても、「孤高の星」の一つになって,生きていけるような実践を心がけたいものです。