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教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第36回

「今」を生きるということ

「緊急事態宣言」などという、戦時体制下でも聞き覚えのない言葉が飛び出し、私たち庶民は、山奥の溜池に突き落とされたような気持ちで、家の中にじっと座り、耐え忍ぶほかはありません。学校も臨時休業が続き、子どもを持つ家庭も、いつもとの違いに戸惑い、生活全体の在り方を手探りで探しながら、ひっそり過ごしているようです。コロナを呪い、医療体制の充実と新薬の開発を願うばかりです。先生方のお立場でも、子どもの姿や行動などを思い浮かべながら、暗い日々を過しているのではないでしょうか。

 

特に高齢者の私たちにとっては、情報はテレビと新聞だけで、「デジタル機器を使い、親せきや友人との会話を楽しめ」などといわれても、その機器もなく、使用方法も不案内で、せめて昔買った本を書棚から引き出し、目を通す程度の生活が続きそうです。それでも、昔読んだ「心に響く言葉」などを思い出して、自分自身に問いかけたり、納得する時間が持てるといったことで、救われてもいます。

 

不思議なことに「世阿弥」の「我見?離見・離見の見」など、生涯学習に適切な言葉を思い出すと、宮本武蔵の「観見二つのこと.観の目強く、見の目弱く」といった言葉が重なり、近年でも、染織家・志村ふくみの『一色一生』などが思い出され、教育の根源である「人の心を読むこと」を職業とされている先生方のご苦労を改めて感じたりします。

 

そんなとき『ALSを生きる』という谷川彰英さんの著書が送られてきました。私には「ALS」という言葉がどんな意味なのか、ほとんど知りませんでしたが、「筋萎縮性側索硬化症」という病名のようで、「筋肉が萎縮する難病で、特に医療上の手当てが難しい病」であることが、表紙のカバーでなんとなく理解しました。しかし、折角ではあるが、教育とは関係ない本だとして片付けようと思いましたが、出版元(東信堂)から丁重な手紙を添えて贈呈されたものであり、著者とも会議などでご一緒したこともあったので、読み始めました。ご存じの方も多いと思いますが、著者は筑波大学の教授・副学長を勤められた教育学者ですが、最近は、NHKの「ブラタモリ」などで、著名な芸能人らと共に各地を巡り、地域の特性や建造物の歴史などを解説する役割もされていました。

 

本書では、当然「ALS」についての病状(体調の変化・病院めぐり・病名発見時の驚きや喜び・入院後の心の変化など)が詳細に書かれていますが、人口呼吸器をつけて病室で静養しながら、理解力や記憶力は衰えない病であることを知り、短期間で、彼が歩んできた足跡を踏まえてまとめあげたものでした(病名確定は2019年5月)。

 

人間だれしも「生老病死」を理解してはいますが、難病の中でそれを当たり前のように受け入れ、冷静に書き記した著者の精神力・実行力は、特に高齢者の私にとって驚きであり、大きな力を与えてくれるものでした。病名を宣告され、治療方法不明の難病であることを知らされたとき、妻と二人で「よかったね」と笑いあったという個所がありますが、「運が悪い、もうだめだ」などと絶望感に陥らず、冷静・沈着に自己の「今」を見つめ、見事に描きあげた著者の態度に感銘したのです。

 

そこで、子どもたちにとって、「今」をどう生きたらよいのかと考え、「コロナを生きる」ということになるのではと思いつきました。より具体的に言えば、家族であり、長年付き合ってきた友人やグループの存在であり、彼らの「やさしさ、思いやり」だともいえるでしょう。意思の強い著者自身であっても、病室の中で、時には孤独に悩まされたときもあったようですが、それに打ち勝つ力を与えてくれたのが「他者の存在」だったというのです。コロナを「自立・協助を考えるための贈り物」としてとらえる機会として考えてもよいのかもしれません。