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教育深夜便 川野邉 敏

-Profile-

川野邉 敏(かわのべ さとし)

昭和5年埼玉県生まれ。昭和28年東京外国語大学ロシア語科卒後、文部省入省。 昭和48年から国立教育研究所で国際関係・生涯学習関係の研究に従事。平成7年より常葉学園大学教育学部教授、平成16年より星槎大学教授。この間、東京大学学部および大学院、慶応大学・広島大学・筑波大学大学院等で非常勤講師。専門は比較教育・生涯学習。主な著書に『ソビエト教育の構造』(新読書社)、『ロシアの教育―過去と未来』(新読書社)、『子どものしつけ』(三一書房)、『現代に生きる教育思想』(ぎょうせい)、『世界の幼児教育』(日本らいぶらり)、『新任教師への手紙』(ぎょうせい)、『生涯学習論』(福村出版)、『教師論』(福村出版)など多数。

 
 

第44回

新年の願い

令和3年の新春が否応なく巡ってきました。慣習に従い、多くの友人・知人から「年賀状」が送られてきましたが、今年は例年と違って「コロナ」への恨み苦しみがほとんどでした。私自身はそれに加えて、妻との別れ、札幌の息子との同居という大きな生活の転換があり、従来の新年とは異なった、これまでにない新春を迎える状況に置かれていました。

 

そんな気分の中で年賀状の一つ一つを、例年以上にゆっくりと眺めていますと、亡くなった人(返礼)、病気で臥せっている人、元気を揺り起こして「今年もお互いに頑張りましょう」といった励ましの挨拶文を書き添えている友人、などさまざまでした。

 

気になっていた独り暮らしのK君からは返事がなかったし、生きておられるか心にかけていたA君からはありきたりの年賀が届き、奥さんが代筆されたのではと思ったり、悲しみ・心配・安心したりの一日でした。私にとっては、残りの人生の在り方を考えさせられた貴重な節目の日ともいえるものでした。

 

そんな気分の中で二冊の本を読みました。一つは『輝やけ我が命の日々よ』(西川喜作・新潮社・1982年)であり、精神神経医学者として、40代後半にガンを患い、自分の生命を犠牲にして、二年半余りの余生を専門の診断(ナイトクリニックを含む)はもちろん、講演・シンポジウム・国際会議への出席などを積極的に選択して生きていくさまが描かれた、「人間として生きること」の意味を考えさせてくれるものでした。

 

もう一冊は大江健三郎の『回復する家族』(講談社・1995年)です。ご存じの方も多いと思いますが、彼の息子の「光君」を抱えて、本人及び家族の生活の実態を、独特の表現を加えて書き上げたエッセイ集です。障碍児として生まれた光君を連れての病院通い、福祉作業所への送迎、家の中での介護、音楽好きの彼の表情からの「読み取りと援助」など、家族全員が支え合い助け合って生きてきた、想像を超えるような生活体験を書きあげたものです。

 

そのエッセイの中で「どのかぞくもおんなじです」という小見出しがあり、著者の気持ちを表したような、17世紀のイギリス詩人ヘリックの詩が書かれていました。

  幸運は忍び忍びやって来て、わが屋根にとまった――
  音無くつむ雪や、夜置く露のように
  それは不意打ちではなく、丁度日差しが立木に当たるとき
  おもむろに光のくすぐりが枝枝にひろがってゆくのに似ている

 

年賀状と二人の作品を読みながら人生の多様性や苦しみ、悲しみの克服について考えさせられましたが、この詩は、私たち自身に何が起こるかは予想できないものであっても、年賀状を送ってくれた人々が、どうか「日差しが立木に当たるように」生きてほしいと思わず願ってしまうような美しい詩文だと感じました。

 

そして、同時に、子どもたちの将来のことを思い浮かべました。時には悩み、苦しみ、どう生きるべきか迷うこともあるでしょう。ここに挙げた二人の体験のように人生に立ち向かうのは難しいことですが、個々人の立場で生きていくことになり、その具体策は置かれた場と状況の中で判断する以外に方法がありません。

 

しかし、突然襲いかかってきたコロナ禍の中にあっても、子どもらしい「生きる喜び」(創造の喜び・他に役立つ喜び・出会いの喜び=第10回参照)などを可能な限り体験させ、「忍び足でやってくる幸運」を呼び寄せたいと願うばかりです。